東北大学
学際科学フロンティア研究所

FRIS Interviews #16

FRIS Interviews#16

  • 齋藤 勇士Yuji Saito

    助教

    物質材料・エネルギー

    研究分野

    宇宙推進工学、燃焼工学

    主な研究テーマ

    マイクロ拡散火炎の基礎現象解明

    ハイブリッドロケット宇宙推進システムの開発

    金属/水ハイブリッド燃焼を用いた宇宙推進システムの開発

    データ駆動型スパースセンシング

齋藤 勇士

座右の銘は「宇宙論、語る前に微分しろ」
大局観を持ちつつ、足元の基礎研究を大事にする

宇宙の謎に魅せられました。
世界最高性能のハイブリッドスラスタを
つくりたい。
説明をする齋藤勇士

中学卒業後、進学先として、沼津工業高等専門学校を選ばれた理由は何ですか。

齋藤

兄の存在が大きいです。私の兄は工業高校出身で、今、ヤマハ発動機でバイクを作っているんですけれども、兄はすごくモノを作るのが好きで、その影響ですね。小さい頃、兄とはんだ付けを一緒にやったことを鮮明に覚えています。鼻にツンと来る、はんだのにおいが懐かしい。今、物理的距離はかなり離れていますが、兄とはチャットツールで近況を報告し合っています。この間のゴールデンウィークには兄と久々に顔を合わせて楽しいひとときを過ごすことができました。ちなみに、浜松といえばうなぎのイメージがあると思いますが、私の実家はその浜松名物のうなぎが穫れることで有名な浜名湖の、本当にほとりといって良いぐらいの場所です。おじがうなぎを獲ってきてくれて、小さい頃から天然のうなぎはよく食べていましたし、今も実家に帰ると必ず食べるんですよ。

小さい頃はどんなお子さんでしたか。

齋藤

空を見上げるのが好きで、幼稚園に通っている頃から宇宙に興味を持っていました。外にいるとずっと上を見上げているような子で。はじめは天気が好きだったんですけど、そこから宇宙へと関心が移っていきました。宇宙という未知の世界がどんなものか知りたいと強烈に思いました。その気持ちはずっと変わらず、思春期を迎え、高専では友人たちと夜、よくいろんな議論をしました。浜松市と沼津市は同じ静岡県にありますが、距離は150kmほど離れていて、実家のある浜松から沼津へと通うのは現実的でなく、私は高専時代の5年間、沼津で寮生活を送りました。この寮生活も非常に充実していて、良き仲間と出会えました。消灯時刻が決まっていますので、消灯した後、こっそり「夜の語り」と言って、夜な夜な宇宙について話をするのは実に楽しかったです。いい思い出です。

その「夜の語り」にまつわるエピソードはありますか。

齋藤

私の座右の銘は「宇宙論、語る前に微分しろ」というものです。それこそ高専の頃、寮で宇宙についてワイワイ語って楽しかったのですが、みんな宇宙が好きすぎて、勉強がおろそかになっちゃったんです。そうした事態に陥って、夢ばかり語っているようじゃ駄目だなとようやく気付きました。そのときの一つの象徴的出来事が、友人の1人が数学の微分で追試を受けるというもので。それで座右の銘は「宇宙論、語る前に微分しろ」になりました。目の前のことをちゃんとやらないと夢も語れないぞ、という自分に対する戒めですね。これは今でも常に念頭に置いています。やっぱり宇宙工学は派手ですが、しっかり自分に基礎がないと仕事はできないですから。

齋藤先生が高専2年の頃、ノーベル物理学賞を、シカゴ大学名誉教授だった南部陽一郎先生(故人)と高エネルギー加速器研究機構名誉教授の小林誠先生、京都大学名誉教授の益川敏英先生の3人が、素粒子の理論研究で受賞されました。この偉業が齋藤先生の物理への関心をさらに強めたとも聞いています。

齋藤

何かが切り開かれていっている実感もあり、非常に大きな衝撃でした。すごいな、格好いいなと純粋に思いましたね。当時の自分を思い浮かべると、本当に宇宙物理が大好きで、高専でも物理の研究をされている先生に、門をたたくじゃないですけど、部屋に押しかけていって、いろんな話をさせていただきました。

北海道大学工学部に編入学された経緯はどういったものでしょうか。

齋藤

永田晴紀先生(北海道工学研究院機械・宇宙航空工学部門宇宙航空システム教授)の下でロケットの研究をしたかったということに尽きます。永田先生は宇宙航空工学の大家であられます。高専生のとき、実際に永田先生の研究室を訪ねていって、話をさせていただき進学を決めました。今でも連絡を取らせていただいています。

静岡県から北海道へ移るとなると、環境の変化はすごく大きかったと思います。

齋藤

本当にその通りで、私は寒さが苦手なので、そういった意味では体への負荷が大きかったです。家族からも、あなたは寒がりなのに大丈夫か、と言われて。ただ、高専時代に寮で過ごす経験をしていたのは良かったですね。日常生活自体はストレスなく送れました。

北海道大学では具体的にどのような研究に取り組まれましたか。

齋藤

プラスチック等の固体燃料と液体/気体酸化剤の組み合わせを推進剤とする、端面燃焼式ハイブリッドスラスタ(ロケット)と呼ばれるものの研究です。一つは、光造形技術(3Dプリンタ)の急速な技術発展があって、この技術を使って、燃料成型可能な新型ロケットを開発しようと取り組みました。直径38mmの円に0.3mmの穴が433個空いているという新型ロケットエンジンの構想があり、それはすごく微細な穴に酸素が流れて、燃焼させるというロケットです。これは2000年代にはすでに提案されていて、当初はドリル加工などで実現しようとしていました。しかし、ドリルは折れ曲がるし、突き刺さるしといった具合で結局、うまくいかなかったんです。そんな経緯があって、私が博士課程に行く直前に東京大学から、こういうロケットエンジンが考えられているんだけど、という話が永田先生のところへ来て、それに対して、われわれは3Dプリンタで取り組めそうだということになり、私にお鉢が回ってきたという流れです。これが博士研究になりました。

このロケットエンジンは私が博士時代、苦労に苦労を重ねて世界で初めて、実証に成功しています。これでもか、というぐらい燃焼実験を繰り返しました。日本全体の燃焼実験の平均回数はそんなに多くなくて、大学レベルでは100回も行かないところを、私だけで200回ぐらいしました。実験場にこもって、朝から晩まで実験に取り掛かるという。付いてくる後輩は入れ替わるけど、その実験場に私だけはずっといる感じで。ちなみに1回の実証実験にかかる時間は、最後は極めたというか、1時間程度で終われるぐらいまで洗練させることができました。しかし、今思い返せば、立ち上げからでしたから、当初は本当に大変でしたね。

調べたいこととしてテーマに設定していたのは、例えば、圧力が変わるとどういう燃え方をするのか、どういった推力が出るのかといったことです。火炎が燃料に対してどういった形状で維持されているのか、保炎といいますが、どう炎が保たれるか、そういった燃焼機構を調べていました。

円柱とパソコン
「巨人の肩の上に立つ」。
先人への感謝の心を忘れない。

現在の研究について教えてください。

齋藤

今、一つは東北大発ベンチャー企業である株式会社ElevationSpaceと組んで研究を進めているところですが、小型人工衛星を大気圏に再突入させるということで、その再突入に必要になるハイブリッドスラスタ(ロケット)を開発しています。世界最高峰のものを作り出すのが今の自分たちのミッションです。また、月、火星、土星といった深宇宙探査を実現させるために必要なロケットが、私は自身の研究しているロケットだと思っているわけですが、そのオペレーションの鍵が火炎になるわけです。例えば、直径38mmの中に433個の火炎があって、その一つ一つの火炎を自分が考えたとおりに制御する、というのが私自身の求めていることです。

条件によって燃え方は違ってくるわけですよね。

齋藤

例えば、燃料の製作精度によって、フライングしてしまう、意図せず火炎が起こる場合があって、それも大きな問題になります。また、火炎は約3000K(ケルビン)、摂氏に直すと2727℃ということになりますが、そのぐらいの温度で燃えていることから、燃料の温度も非常に高温になるということもあって、それをどうコントロールするかもやはり研究テーマです。私の研究は大局的に見なければいけないこと、そして、その一方でミクロ的に見なければいけないことと非常に両極端になります。具体的には1個のマイクロスケールの火炎に着目することもあれば、ロケット全体で議論することもある、という感じです。

ElevationSpaceと共同研究に至った経緯をもう少し詳しく教えてください。

齋藤

私が2021年4月、FRISに着任するに当たり、ElevationSpaceの共同創業者で、東北大学大学院工学研究科航空宇宙工学専攻准教授の桒原聡文先生にお声がけいただいた、というのがスタートです。何回か話し合いの機会を持って、桒原先生たちがどんなことを考えているのかをお聞きし、また私の考えもお伝えし、理念のすり合わせを行いました。そして、これは共同研究のメリットは大きいと判断し、一緒に取り組むことにしました。この研究開発テーマは国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「官民による若手研究者発掘支援事業」、いわゆる『若サポ』の採択も受けています。

ハイブリッドスラスタを現実のものにする鍵となるのはどんなことでしょうか。

齋藤

一つは、マイクロ拡散火炎の燃焼機構の解明です。実用化するためには、このマイクロ拡散火炎がキーワードになります。まず、どういったメカニズムで燃えているのか、こういうときはこうなるという、そういう基礎的なデータを把握することによって、ロケットの性能を理解できると考えています。それから、燃焼データの解析手法の確立も必要です。ロケットの燃焼実験データも積み上げられていて、ビッグデータ化しています。その得られているデータを全て人工衛星のCPUに入れてしまうと、当然、演算処理は遅くなるわけです。私が考えているのは、1を見れば10が分かるような、スパースセンシングという言い方もしますが、大量のデータに頼らず、いわば相対的にスパース(疎)なデータで燃焼状態だったり、異常燃焼だったりを把握することです。それができれば、処理は速くなる。もう少し解説すると、時空間の中の1点だけで全てを把握する、一つのタイミングだけで全体を捉える、そういったアプローチです。

最終的には高機能のハイブリッドスラスタの実現を目指しており、そのための基礎になるのがマイクロ拡散火炎の燃焼機構を理解することです。ロケットを自由自在にコントロールできるようにするために燃焼データの解析手法を確立しなければならないというわけです。二兎を追う、どころではなくて、四兎、五兎ぐらい追っている感じです。

齋藤先生は研究という行為が持つ魅力についてどうお考えですか。

齋藤

一言で言うと、「巨人の肩の上に立つ」ということです。これは12世紀、フランスの哲学者である、シャルトルのベルナルドゥの言葉とされていますが、有名にしたのはアイザック・ニュートンです。先人の積み重ねた発見の上に、新しい発見をすることを意味しており、まさにそうした時を得ることが研究だと私は捉えています。ですから、先行研究、先人に感謝しながら私はこれからも研究していきたいと考えます。かつ、自分の研究も長い積み重ねのうちのごくわずかかもしれませんが、これまでの研究者と同じように、いわば”研究史”の中に私も、私のしたことを刻みつけたいですね。

そうした意味では、ハイブリッドスラスタの実験に成功したときというのは、巨人の肩の上に立ったことを実感できた出来事だったかもしれません。身近にミクロ的に燃焼機構を解明していた先生方が多くいらっしゃり、それこそ、ドリル加工で頑張って実現しようとしてた先輩たちがいたり、そうしたことの上に成り立った成功だと思います。これからも先人への感謝と尊敬の気持ちを持ち続けたいと思います。

説明をする齋藤勇士
「バックキャスティング」的思考を持つ
未来から考え、解決を導く。

先生が、先生の研究の肝として捉えられていることは何ですか。

齋藤

私が工学、エンジニアリングに携わってきているということもありますが、自分がやっている研究がどう社会にコミットできるのか、どんな社会的責務を負えるのかについては常に考えています。北海道大学だけじゃなくて、東北大学に来る前に特任研究員として所属していた東京大学大学院新領域創成科学研究科でもそうで、自分がそうした研究室に所属していたことも大いに影響しています。基礎と応用、基礎研究とミッション研究の両輪を回しながらやっていくのがこれまでいた研究室のスタイルで、私も共感しています。私が研究するに当たって、念頭に置いている言葉にバックキャスティングというものがあります。バックキャスティングは、目標とする未来像を描き、それを実現する道筋を未来から現在へとさかのぼる手法です。現在を始点に未来を探るフォアキャスティングに比べ、劇的な変化が求められる課題に有効とされています。

実現したい未来を描くということがまず難しいのはもちろんとして、でも、純粋にこんなことができたらな、と考えるのは楽しいものだと思います。

齋藤

大きい課題の解決の取っ掛かりとして、バックキャスティングは実に力を持つと思います。一方で基礎研究をしっかりやるというのが絶対にベースになります。バックキャスティングという言葉が独り歩きしてしまうと、研究においては危険な面もあると感じているので、バックキャスティングに焦点を当て過ぎることは自分でも禁じています。先ほど述べた、「宇宙論、語る前に微分しろ」じゃないですが。遠くを見つめながらも、足元はしっかり固める。コツコツやらないと何も実現しませんから。これは人生でも同様のことだと思います。

FRISとの出合いはどういったものですか。

齋藤

知り合いを通じてFRISの方々とお話をして、精力的に、かつ独立的に研究を進められている姿に感動したんですね。はじめはFRISで常松グループを主宰している常松友美先生と話す機会があったように記憶しています。常松先生はネズミを寝かせる技術がすごい人です。流体科学研究所に所属されている馬渕拓哉先生ともお会いしました。もともと東京大学大学院新領域創成科学研究科特任研究員のときに、誘われたこともあり、2019年に東北大学大学院工学研究科の助教となり、2021年から現職です。大講座制で大型な研究を進めていくのも大変魅力的ですが、FRISは助教だけれども、自身の裁量のもとで自身の研究ができるという点がとにかく今の自分に合っています。

FRISに所属して、今、感じられているメリットにはどんなものがありますか。

齋藤

メールで堅苦しく、あまり存じ上げない先生にお願いする、みたいなことが圧倒的になくなりました。本当に身近でご飯を食べながら、こんなことで困っているんです、と話をすると、あの先生に頼むといいよ、とか、自分では思いつかないようなアイデア、解決策がすぐに出てくるんです。とにかく環境として非常に相談しやすい。これは大きなメリットです。着任してからの2021年度という1年間は、新型コロナウイルス感染症の影響で、なかなかFRISの人たちとも顔を合わせられなかったのですが、落ち着いたタイミングで十分に感染症対策を施した上で食事会を開いたんです。私がいわゆる幹事役となって、同期で一緒にランチを食べました。食事が済んだら、それぞれの研究室を回ったりして楽しかったです。その食事会をしたときに、「ロケット燃料がどういうふうに燃えるのかを解析したいんだけど、何かいい案はないですか」という相談を、復顔などをやられている波田野悠夏先生にしたら「CTでできますよ」という話になり、すぐに実現しました。コラボレーションのスピードの速さに驚くばかりです。何か困っていることがあったら、助けようという意識もFRISの皆さんは強いのだと思います。助け合いの精神がありますね。

一般的に大学というのは、分野間の交流というのが残念ながら乏しいと思います。だから、機器を融通し合って使うみたいなこともほとんどない。これはもったいないですよね。機器だけじゃなく、情報や技術が共有されやすいというのはFRISの大きな特長だと思います。FRISでは、それぞれがやりたい研究をし、それぞれが技術、情報を持ち、それを生かしてお互いの足りないピースを埋め合う、といったことができるわけです。実際、CTでロケット燃料の解析もできましたし、波紋の広がりがすごいですよね。アクションがすぐ次のアクションにつながっていきます。異分野の研究者とすぐに直接コミュニケーションできる環境を大事にして、その先に学際研究を見据えたいです。

ちなみにCTでロケット燃料の何を見たかったんですか。

齋藤

ロケット内部の燃料の形状をスキャンしたかったんです。要は、燃料内部の状況を非破壊検査で見てみたいということでした。波田野先生からはすぐデータも届けてもらったのですが、すごく詳細な内容で驚きました。燃料が輪切りになっているデータですが、0.5mm間隔のもので実に興奮しました。ムービーもあるのですが、それを見たとき、まるで自分が燃焼火炎になったかのような錯覚に陥りました。本当に素晴らしい。

先生のメンターは東北大学流体科学研究所所長の丸田薫教授ですが、丸田先生が齋藤先生に与える影響はどんなものですか。

齋藤

丸田先生の存在は実にありがたい限りです。実験スペースを貸して下さるだけではなく、私が何か困ったことがあって相談を持ちかければ、真摯に応えてくださいます。特に基礎的なところ、文献を見ても分からないところは多々あるので、そうしたときにも助けていただいております。また、ディスカッションを大事にされている先生でして、FRISでの交流にも大変ご支援いただいております。

齋藤先生は将来、どんな研究者でありたいとお考えですか。

齋藤

私は宇宙開発に貢献するために、常にバックキャスティングで、大局的に研究を行っていきたいと考えています。その上で、今、さまざま学んでいるところですが、持っている技術、知識、悩みを相談、共有しながら、研究も可能な範囲でオープンにする。そして、気軽にディスカッションできる研究者であり続けたいですね。

FRISの未来像についてはいかがですか。

齋藤

FRISは、常に世界的視野で、学際研究とは何か?そして、若手研究者の在り方を日本にとどまらず、世界に向けて問い続けている研究所だと思います。この姿勢が非常に印象的なわけで、絶対に失わないで維持し続けてほしいと願います。ひいては、私自身も世界的視野を持ち、学際研究とは何かを考え続ける、そうした姿勢を保持していきたいと思います。

(2022年5月インタビュー実施)

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