村越先生の研究について教えていただけますか。
村越
私は寄生虫の中に感染しているウイルスの研究をしています。研究テーマとしては、「寄生虫持続感染ウイルスが寄生虫とその宿主に与える影響」です。感染症研究は基本的に「病原体と宿主」(病原体が感染する、ヒト含む哺乳類など)の一対一の研究が行われています。昔から、ヒトに寄生する寄生虫に感染しているウイルスがいることは知られていましたが、何をしているのかわからず長い間その存在は無視されていました。私は、このマトリョーシカ構造のように存在しているウイルスが、寄生虫と、寄生虫の宿主にどのような影響を与えているか、つまり「ウイルスと寄生虫と宿主」の相互作用に興味を持って研究を行っています。これまでに、ウイルスを持っている寄生虫は、ウイルスを持っていない寄生虫と比較して宿主への病原性が高いことが明らかになっています。現在は寄生虫の中に存在しているウイルスが、どのように寄生虫の病原性に関わっているのか、詳しいメカニズムを調べている所です。
これによって、単一の病原体を調べるだけではわからなかった生命現象の発見や、新たな寄生虫・ウイルスの制御方法の提案につなげていくことを目指しています。
寄生虫はかなり多くの種類が存在すると思いますが、研究対象はヒトの寄生虫ですか。
村越
そうです。ヒトや家畜の寄生虫です。寄生虫は、原虫と蠕虫(ぜんちゅう)に大きく2種類に分けられます。単細胞で目に見えないサイズの原虫と、肉眼でも確認できる多細胞の蠕虫ですが、このうち私は原虫について調べています。原虫は強い症状を引き起こすものが多いのですが、特に有名なのは、赤血球に感染するマラリア原虫です。私はアフリカ・南ヨーロッパ・南米などで問題となっているリーシュマニアという原虫に感染しているウイルスを中心に調べています。
昔から、寄生虫の中にはウイルスに感染しているものがいるとわかっていましたが、なぜ持続的に感染し続けているのかについては解明されてきませんでした。寄生虫にとって、ウイルスは異物のはずで、ウイルスが感染し続けるためには一定のエネルギーを消耗するため、いない方がいいはずなのですが、何世代も前から同じ系統の寄生虫に感染し続けているウイルスも存在するのです。解析を行っていくと、どうやらヒトや動物がウイルスに感染している寄生虫に罹患したときに、寄生虫ではなく、寄生虫が感染しているウイルスの方を排除しようと宿主の体が反応するのではないかと見られています。つまり、寄生虫に感染したのではなく、寄生虫が持っているウイルスに感染した、とヒトや動物の体に勘違いさせるということです。
それは、寄生虫がウイルスにわざと感染して少しでも長く生存できるようにしている、ということでしょうか。
村越
それも調べているところです。ウイルスに感染している寄生虫は、病原性が高いことがわかりました。つまり、感染した際に、より重症化するということですね。また、寄生虫自体の性質もウイルスに感染することによって変化するようです。ヒトや動物の寄生虫症を治療する際、今までは寄生虫のみをターゲットにしていましたが、感染しているウイルスの方にも治療のアプローチをすることで、病をコントロールできるのではないか、と仮定して研究を進めています。
世界では、ヒト・家畜両方において寄生虫症は非常に大きな問題となっています。自分の研究によって少しでも寄生虫症の被害を小さくしたいと思っています。
村越先生は、東北大学で農学部の動物系、博士課程では東京大学で獣医学を学ばれ、前職では京都府立医科大学でウイルス研究を6年ほど行っておられますが、現在の研究テーマに至るまでの経緯を教えていただけますか。
村越
学部生の時に初めて寄生虫の研究に触れたのですが、寄生する生物(宿主)がいないと生きられないよう進化した寄生虫は、生きていくのに必要な栄養合成を宿主に頼ったり、宿主を渡り歩くために形態などを大きく変化させたりして増殖します。その巧みな戦略を明らかにしたいと思い、寄生虫の研究を始めました。その後、ウイルスの研究室で研究する中で、寄生虫の中にウイルスが感染しているということに気づきました。今ではウイルスと寄生虫の両方を扱えることを生かし、寄生虫に感染しているウイルスの研究をしています。
フィールド研究での学びから
ヒトや動物の健康に
関われること
研究者になろうと思ったきっかけは何だったのでしょう。
村越
小さなころから生き物が好きで虫や魚などの身近な生き物を飼育したり、図鑑を読んだりすることが好きでした。自然や動物が好きで、NHKの教育番組などをよく観ていたのですが、地球環境問題や感染症パンデミックの番組を観て怖くなり、「なんとか自分も地球を救えないか」と漠然と考えたのが、研究者を目指すきっかけになったように思います。また、小学校低学年のころには、父とその日に感じた疑問を記す交換ノートをしていました。私が疑問を書くと、帰宅した父が答えやアドバイスを書いてくれていました。それが「知らないことを知ることは楽しい」という気持ちを培ってくれたのかもしれません。自分が大人になった今、当時の父の負担も相当にあったのでは、と思います。笑
村越先生の研究ならではの醍醐味とは。
村越
寄生虫は顕微鏡下で目に見えますし、動くので見ていて楽しいです。また、寄生虫症は日本では身近ではないかもしれませんが、獣医領域や海外では今でも大きな被害を出しています。生物学的な面白さの追求のほかに、ヒトや動物の健康に関われるということもが醍醐味です。また、実際に畜産農家に通って調査を行ったり、草地でマダニを採取してきたりして、どのような病原体が存在するかの調査を行っていますが、私はこのフィールド調査にとてもやりがいを感じています。研究上、フィールド調査は重要で、私にとってはフィールド調査ができることも醍醐味のひとつです。
フィールドワークをとても大事にされているのですね。
村越
学部生のときに、農学部の動物コースに入りました。そのコースは家畜の生産に関わる研究室が多かったのですが、私は最初から感染症の研究をする研究室に入りました。実は、最初から感染症を学びたいと思っていたわけではなくて、私にはその研究室のロケーションが魅力的だったのです。というのも、その研究室だけ、大学から1時間半もかかる郊外の農場にありました。都会から離れ、自然あふれる農場で数年間も研究できるなんて、とても楽しそう!とその研究室に入ったんです。笑 そこで寄生虫などの生き物の研究がとても面白い、ということに気づきまして、そのテーマを今でもやっているという感じです。自然の中で生き物に触れ合いながらできる研究が、とても好きなんです。
研究者としてのキャリアを充実させる
制度が整っているところ
FRISには昨年度から在籍されていますね。環境はいかがですか。
村越
FRISは、メンターである加藤健太郎先生(東北大学大学院農学研究科:教授)に紹介されました。私もそうなりたいと思うような、精力的に頑張っている年の近い研究者がたくさんいたため、応募を決めました。こんな風に、年も、境遇も近い人たちとお話できる機会って今まで本当になかったので、FRISに入ってから、皆さんの独立心や先を見据えた計画などにはっとさせられましたね。今はメンターの研究室で研究機器などを使用させていただき、恵まれた環境で研究費も充分にいただけていますが、数年度に独立したときのために予算を配分し、機器を購入したり、準備を整えたりしている同僚の姿を見て、研究者として大変刺激をもらっています。
FRISの魅力はどんなところでしょうか。
村越
風通しが良く、色々な議論が活発にされているところ。所長が優しいところ。研究者としてのキャリアを充実させるための支援制度が充実しているところでしょうか。海外留学の費用の補助制度や、学生と一緒に研究できる制度など、独立した研究者になるために必要な経験を積めるように環境を整えてもらえていると思います。基本的にFRISでは学生が配属されませんが、学生と一緒にやりたい人はFRIS UROという制度を活用して、学生を個別に雇用することができます。そこで一緒に研究を進めたり、指導したりもできます。私もこの制度を活用して、学部2年の学生さんと一緒に研究していますが、若い学生さんの視点も参考になります。
また、FRISの他の先生と共同研究を進める準備もしています。生化学の構造学を研究している金村新吾先生(助教:生化学・生物物理学・ウイルス学)とは、生物の中で起こっている現象が、もっと小さな分子構造のレベルでどうなっているのかということを解明していきたいですね。また、松平泉先生(助教:脳科学・発達心理学・生物学的精神医学)とは、MRIの脳画像を用いて感染症の変化について調べたら面白いのでは、と話をしています。気軽に活発な議論ができる環境ですね。
FRISでの経験を踏まえ、どのような将来を描いていますか。
村越
FRISに入ってから、研究面、資金面でしっかりと独立した研究者にならなければならないと強く思うようになりました。FRISではまだまだ色々な経験を積ませてもらいたいと思いますが、学際研究を大切にする研究者になっていきたいですね。また、問題はフィールドで発生していることを忘れずに、研究室内だけで研究を行うのではなく、フィールド調査や実際の現場への応用を大切にする研究者になりたいです。そして、研究者を志した幼いころのきっかけを忘れず、少しでも地球を救うことにつながる成果をあげていきたいと思っています。
(2024年5月インタビュー実施)