東北大学
学際科学フロンティア研究所

FRIS Interviews #19

FRIS Interviews#19

  • 松平 泉Izumi Matsudaira

    助教

    人間・社会

    研究分野

    脳科学

    主な研究テーマ

    親の人生経験が子どもの脳の発達や性格の形成に影響する機序の探究

    親子間の脳構造の類似性が持つ発達的意義の探究

松平泉先生

ヒトはなぜ「その人」になったのか
親子の脳画像からその機序を紐解く

子どもの性格形成に、親の人生経験が
作用する可能性に生物学的に迫る
本を開く松平泉先生

子ども時代はどんなことに興味を持っていましたか。

松平

ひとりっ子のインドア派だったので、よく絵を描いていました。絵を描くときに自分に見えている他人の顔が他の人にも同じように見えている気がしなくて、「目に見えるものは人それぞれ違うのではないか」と考えていました。その頃から漠然と、物事の考え方や捉え方、表現の仕方の個体差に興味を持っていたと思います。

松平先生の研究テーマにつながっているような気がします。現在の研究テーマについて教えていただけますか。

松平

私は、いわゆる「人となり」がどうやってできるのかを研究しています。ヒトに備わった精神的な機能のうち、時間や状況を問わず、ある程度安定した特徴は心理特性(誠実性、共感性など、“パーソナリティ”や“非認知能力”と表現される概念)と呼ばれます。この心理特性は、遺伝子と生育環境が脳の発達に影響し形成されていくと考えられますが、その複雑な機序はいまだ完全には解明されていません。これまでの研究では、個々人の遺伝子配列や生育環境と当人の脳や心理特性の関係性が検討されてきました。しかし、遺伝子は親から受け継がれるものであり、生育環境の構築には養育者が深く関与しています。養育者自身の人生経験が、子どもの生育環境の構築に反映されていることもあるでしょう。心理特性の形成基盤の解明には、親の遺伝子、親の人生経験、親の心理特性が子どもに与える影響をつぶさに検証する必要があると考えられます。

そこで私は、血縁の父・母・子から成る生物学的親子トリオを対象として、遺伝子・脳のMRI画像・生育環境情報・心理特性などのデータを収集し、分析しています(プロジェクト名:Transmit Radiant Individuality to Offspring (TRIO) study; 日本語名『家族の脳科学』)。親の幼少期の経験は、子どもの脳や心理特性とどのように関わっているのか。親と子で性格が似ることや、同じ精神疾患を発症しやすいことの神経科学的基盤は何なのか。親と子は脳の機能や構造が似ていることが分かっていますが、それはヒトの発達においてどのような意義を持つのか、といったあらゆる疑問を追究し、「あるヒト」を「その人」たらしめる心理的な性質(個性)の形成機序を明らかにしていきたいと考えています。

誰もが当事者となり得る興味深い研究ですね。この研究テーマに至った経緯を教えていただけますか。

松平

大学院では、母親が子どもを褒めたり、温かい態度で接したりすることが子どもの脳の発達にどのように関わっているかを知るために、小・中学生の脳画像解析をしていました。親子関係が子どもの脳に与える影響を理解できれば、ヒトの性格を形成する仕組みが理解できると思っていました。しかし、親にも子どもだった時代があるわけで、その頃の経験が親子関係の構築に関与しているとも考えられます。親が親になる前に何を経験し、どのような発達を遂げ、その帰結が次世代である子どもの発達にどんな影響を与えるのかを調べなければ、と思うようになりました。また、親子関係と子どもの発達に関する研究はたいていが母親と子どもを対象としていて、父親の研究が手薄であることも問題だと思っていました。以上の経緯から、父・母・子(=トリオ)を対象とした現在の研究を始めました。

学部では文学部へ、大学院では医学系研究科へ進まれました。文系から理系へ舵を切った理由には、どんなお考えがあったのでしょうか。

松平

学部生の時は、文学部で言語学を専攻し、言語にまつわる現象を心理学的な実験によって調べる研究室に所属していました。中でも、ヒトが何か言葉を発したいと思ったときに、どうやって日本語の文法に当てはめて話しているのか、という言語産出の仕組みを学んでいました。

もともと研究者になりたいと思っていたわけではないので、学部3年生の時には就職活動をしました。身近な先輩が次々と有名企業から内定をもらっていたので自分も後に続けると根拠なく信じていたのですが、現実は甘くなく、一次面接で惨敗しました。その時に、自分は企業で働きたいと思っていないかも、と気づいたのです。そこで初めて、大学院という選択肢が目の前に現れました。文学研究科に進んで大学院でも言語学を続けるという選択肢もありましたが、環境を変えてもっと成長したいと思いました。さらに、自分の関心は言語や感情といった特定の機能と言うより、それら全てを司る脳という器官にある気がしたので、MRI画像によって脳を見ることができる研究室のある医学系研究科に進みました。

それが先生のユニークな研究につながるのですね。今取り組まれている研究の醍醐味は何だと思いますか。

松平

ヒトの発達の理解を目的とした研究において、子どもだけ、もしくは母子を対象とした調査は世界中で行われてきました。しかし、父親を含めたトリオを対象としたものはまれで、ましてや脳のMRI画像まで取得しているプロジェクトは、今のところほとんど行われていません。今まで母子で得られていた知見が父子でも見られるのか、父子間と母子間で全く異なる結果になるのか、父親の人生経験と母親の人生経験の、子どもの発達に対する相乗効果のようなものはあるのか、など、子どもだけや母子だけのデータでは検証できない問いに取り組めるところが、私の研究の特徴だと思っています。

将来、社会ではどのように活用されるのでしょうか。

松平

カウンセリングや心理療法に新しい観点を見出せるような知見を示すことで、人々の精神的健康の維持や促進に貢献できるのではないか、と考えています。私が取り組んでいる研究から得られる知見は、青年期に抱きがちな「どうして自分はこういう人間なのだろう」という、アイデンティティに関わる悩みに対し、説明の糸口を増やすことに繋がると思っています。「前の世代のこういう経験が、こんな過程を経て、今の自分に繋がっている」という説明が生物学的にできれば、自分では変えられないことと自分で変えられることに問題の原因を切り分け、変えられる方に考え方をシフトさせることができるようになるかもしれません。

ただ、親の人生経験が子どもの発達に影響すると言われても、親の人生経験はどうあがいても子どもには変えられないものです。伝え方によっては「親ガチャにハズれた」というネガティブなメッセージになってしまいます。誰のことも否定しない社会発信の仕方を模索することが非常に重要だと思います。

MRIと松平先生
尖っていないと生きていけない
緊張感が好き

今まで、研究者として困難を感じたことはありましたか。どうやってそれを乗り越えましたか。

松平

研究には、サンプルとしての親子トリオの協力が不可欠なのですが、2021年に初めて募集した際には8トリオしか集められませんでした。研究室から200万円ほど研究費を支援してもらい、まずは30組ほど集める予定が、私の親戚や知り合いをかき集めてやっと8組という散々たる状態でした。これほど集まりが悪いと今後研究を実現していく可能性が低くなってしまいます。研究を続けていけないかもしれない、とかなり落ち込みました。

その時に改めて、一般の方が研究に協力することのメリットの少なさに気づきました。面倒で、何をするか分からないから不安で、そしてわざわざしなくてもよいことですよね。それにあえて協力してくださる方を増やすためには、誰でも参加しやすい仕組みを作らなくてはいけないと考えました。そこで、検査を厳選して時間を短くする、どんな検査をするのか可能な限り事前に情報を公開する、協力者を募集する広告を幅広く展開する、謝礼の内容を工夫する、などさまざまな試行錯誤をしました。その甲斐あってか、今では広告を掲載すると毎回数十組のご家族が集まってくださるようになり、研究を進められています。

松平先生はもともと研究者志望ではなかったとのことですが、研究者になったきっかけは何だったのでしょうか。

松平

絶対に博士に進んで研究者になろう!という気持ちはなかったのですが、修士課程の頃に面倒を見てくださった先生がかなり酔いながら「あなたは才能がある」と言ってくださったことがあり、え、そうなの?じゃあ研究者になろうかな、と思ったことがきっかけです。

研究の魅力とはどんなところでしょうか。

松平

私はアカデミアの、尖っていないと生きていけなくなる緊張感が好きです。今日明日の目の前の作業のことだけ考えるのではなく、俯瞰して自分のすべきことや立ち位置を考えつつ、自分だからできる新しいことを探し続ける、という振る舞いが研究には必要であって、自分がそれをうまくできているとは思っていないですが、面白いと感じています。

オリジナルであることを常に意識されていらっしゃるのですね。

松平

そうですね。「人生で絶対にこれを明らかにする」と志を強く持っている研究者は多く、羨ましいなと思いますが、私はそういった志をまだ見つけられていない気がします。ただ、ヒトの人となりを知るにはヒトの脳を調べなければと思っているので、今の研究テーマを大切にして、質の高い成果を出していきたいです。

説明中の松平先生
若手を尊重し、
研究に専念できる環境を
真面目に考えて準備してくれるところ

FRISを選んだ理由を教えてください。

松平

飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍されている若手研究者の方々が多く輩出されている点に魅力を感じ、FRISの助教を志望しました。独立した研究者として若手を尊重し、どうすればもっと研究を進めやすくなるかを真面目に考えて仕組みづくりをしている組織であると、実際にFRISに入れていただいた今も感じています。

FRISでの他の研究者との交流はありますか。

松平

FRISの同期である藤木結香先生(複雑系・ネットワーク科学:助教)とよく議論しています。私の研究では大量のデータが得られるので、情報科学や数理科学などの領域との融合が必要だと以前から思っていました。得られたデータが持っている情報を生かすためにより複雑な数理モデルを使うことも必要なので、藤木先生が取り組まれている統計的因果探索という手法を利用した共同研究を行いたいと考えています。

他にも、異分野から見ても優秀だとはっきり分かる方々がたくさんいらっしゃるので、単純に刺激を受けられます。

FRISでの経験を踏まえ、研究者としてどのような将来像を描いていらっしゃるのでしょう。

松平

まずは今取り組んでいる親子トリオの研究『家族の脳科学』を大事に守っていきたいと思います。そして、論文を出し続ける、研究費を獲り続ける、1,000万円の研究費をいただけたら1,000万円分の価値のあるデータにする、という基本的なことを繰り返す研究者になりたいです。私の今の研究は、誰かの命を救うとか、すぐに病気の治療に役立つということではないと思いますので、できるだけ誠実な方法で研究を積み重ね、できるだけ良質な知識を作ることに力を注いでいきたいと思います。

(2024年5月インタビュー実施)

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