佐藤先生の現在の研究内容について教えていただけますか。
佐藤
私は、タンパク質を相手にした化学を研究しています。化学反応を使ってタンパク質を修飾することは非常に多岐にわたった応用が期待されます。例えば、生体内のタンパク質の挙動を観測、タンパク質の状態を理解する研究、抗体に望みの人工機能を導入することが可能になります。それらの応用に繋がる基盤技術として、私はタンパク質の化学修飾反応を開発することをメインの研究にしています。
「タンパク質を修飾する」というのは、タンパク質を化学的に変化させて、新しい機能をタンパク質に与えるということですね。
佐藤
そうです。私たちヒトのDNA上には約25,000種類の遺伝子があり、そこからタンパク質がつくられますが、それぞれが独立して機能しているわけではなく、タンパク質AとBが合わさって機能したり、時にはAとCが動きながら機能したりと相互に作用しています。その動きを確認したり観測したりする方法は限定されており、そこで化学を応用しようというのが私の研究です。肉眼では見えないとても小さなものを相手にするので、見たい物をつまんで採取するということはできませんよね。溶液中の望みのタンパク質、部位を化学的に反応させる実験操作によって、欲しい対象だけを取ってきたり、蛍光顕微鏡で観察したりできるようになります。そのためにタンパク質に目印をつけるのが私の実験です。
結合の中でも共有結合という一度ついたら離れない強い結合がありますが、それをタンパク質に入れるのが私の得意技で、共有結合を導入してタンパク質を解析しやすくします。
先生の研究成果が社会で応用されるとしたら、期待できることは。
佐藤
タンパク質の化学修飾は、とても広く応用可能です。社会実装されているもので一例を挙げると、がん治療法の抗体薬物複合体の開発、抗体に毒物を結合させるときに役立っています。抗体の高い選択性を利用して、がん細胞にだけ毒物を送達する技術ですが、これの開発にもタンパク質の化学修飾は欠かせません。また、疾患を診断する際に、患者さんに疾患の原因タンパクがあるかどうかを診る際のイメージングや、何らかのマテリアルに機能性のタンパク質をコーティングするという用途にも、タンパク質の化学修飾が必要です。
私の研究では、生物学の手法だけではなし得ない課題に対して、化学を用いて、化学と生物の融合領域でお互いの良いところを使って課題解決を目指しています。
先生の研究の目指す未来像を教えてください。
佐藤
大きな目標としては、開発するタンパク質修飾の化学反応が新しい生命現象の理解や、人類の健康に繋がる研究、技術に発展することを目指しています。そのためには、反応を開発するだけでなく、「実際にこういう使い方もできるのですよ」と、応用まで見せて多くの研究者に興味を持ってもらうように心がけています。世界中の研究者に広く使ってもらえるように、実用性が高く、使いやすい方法の開発を念頭に開発と方法論の普及を行っていきたいです。
私の研究スタイルは、自分で「こういう生命現象をあきらかにしたい」、「こういう病気を治したい」という目的志向型アプローチではなくて、研究のスタートはタンパク質化学修飾というこだわりはあるものの、何に使えるかは深く考えずに、方法の新しさ、何となくの面白さを重視しています。理学的な興味が強いように思います。結果的に作った手法が他の研究者の役に立てば嬉しく、できれば、自分の名刺代わりになるような独自性と汎用性を持つ手法を多く開発したいです。
世界中のだれも知らないことを
自分だけが知っている瞬間がある。
自然の理を明らかにできる。
研究者になろうと思ったきっかけを教えてください。
佐藤
子どものころから「医療の分野で人の役に立ちたい」という思いをずっと持っていました。手先が器用なので、本当は外科医になりたかったのですが、学力が足りず医学部に入学することは諦めました。笑 高校では、化学の中でも特に有機化学が好きで、当時は漠然と「薬学部に入ったら薬を作ることに携われるかな」と思い、薬科大学に入学しました。大学では、天然物全合成の研究室に入って「一番難しい研究テーマをやらせて下さい」と恩師の川崎知己先生にお願いしました。次第に薬を作る研究がしたいと思うようになり、東京大学大学院では創薬化学の研究をされている分生研(現・定量研)の橋本祐一先生の研究室で学びました。
博士課程の時に『ERATO袖岡生細胞分子化学プロジェクト』に参入させていただき、そのことがその後の研究者人生に大きな影響を与えたと思います。有機合成化学、細胞生物学、分生生物学、生化学など、複数分野にまたがる多数のポスドクに囲まれ、研究内容そのものだけでなく、研究者としての姿勢や理想像について熱く議論したことが、私の大きな財産となっています。夜遅くまでみなさん熱心に研究していましたし、私も博士課程で成果を出すために実験に一生懸命になっていました。それまでは大学院を修了したら会社に就職しようと思っていたのですが、彼らとの関わりの中で、「自分の研究を生み出したい」と思うようになりました。
研究者になって思う、研究の醍醐味とはどんなところでしょうか。
佐藤
研究の醍醐味は、「まだ世界中の誰も知らない、将来革新的な技術になるかもしれない発見を自分や、自分たちだけが知っている段階がある」ことですね。どんなに些細な発見でも、世界で自分しか知らない自然の理がある、ということは素晴らしいことだと思います。
FRISに着任されたのは2020年ですね。佐藤先生がFRISを選んだ理由を教えていただけますか。以前から知っていましたか。
佐藤
いえ、FRISのシステムも存在も知らなかったです。実はたまたま東北大の枠組みの中にある卓越研究員枠の採用をリサーチする中で知りました。
私の研究は基盤技術の構築ですが、目標としているのは、いろいろな研究に適用できる汎用性の広い技術の構築や開発です。いろいろな応用研究に使える基盤技術を作ることと、実際に使える技術だということを証明する必要があります。さまざまな応用研究に適用しようとした場合、自分一人だけでは難しいので、多くの先生との共同研究が重要になってきます。自分の裁量で共同研究をやるためには、PI(Principal Investigator:研究室の主宰者)になる必要があると思ったので、その仕組みがあるFRISは魅力的でした。
FRISが他の研究所と違うのはどんなところだと思いますか。
佐藤
何と言っても独立した研究ができるということではないでしょうか。研究からその人の顔が見えるような独自性の高い研究をしている先生が多いところが魅力で、やはりそういう方々の研究に対する熱量は非常に高いです。日々、刺激を受けて切磋琢磨できるところも良いと思います。
先生は、FRISで共同研究にも熱心に取り組まれていますね。
佐藤
私はコロナ禍の真っ只中の2020年4月に着任したので、交流会やセミナーは全部オンラインで、なかなか他のコミュニケーションが取れませんでした。最近はやっと気軽に飲み会もできるようになって、気兼ねなく本音のコミュニケーションが取れるようになりました。実は、私の共同研究は飲み会から生まれることが多く、普段は抑圧していることも飲み会の場ではブレーキを外して語り合えることが、とても楽しいです。異分野間での交流ができることもFRISの魅力で、若手PIとしての苦労を共有しているからこそ、結びつきは強く、自然と共同研究したいと思える環境ができていると思います。
学際研究共創プログラムというFRIS内の共同研究推進予算があるのですが、着任からずっと継続して採択していただいており、現在も複数の共同研究を進めています。
独立環境で自由に研究ができること。
異分野の同じような境遇の
若手PIと交流ができること。
研究者として壁を感じたことはありますか。どのように乗りこえられたかも教えてください。
佐藤
私のような手法論開発の研究者は、作った手法の実用性が証明されることで研究が評価されます。自分達の研究グループだけでは、作った手法を応用研究に活かすまでは手が届かないという事に壁を感じていました。そこで、自分達とは得意の範囲が異なる共同研究者の助けを借りて、共同研究によって手法の実用性を示すことで、壁を越えようと考えました。FRISの教員になれば、自分の裁量で学内外の共同研究者とPIとして共同研究できるため、魅力を感じました。任期付きの職で不安もありましたが、やはり「チャレンジしたい、自分がPIになって自分の考えていることを試してみたい」という思いに忠実に従って、自分の思い描く環境へ覚悟をもって身を移しました。それはそれで大変ではありますが、研究を楽しめるというところは大きいですよね。前職で知り合った若手研究者の繋がりも活かして、応用研究の幅を広げています。
FRISを目指す研究者の方へメッセージがあれば、ぜひお願いします。
佐藤
私は前職では講座制の助教として、自由度の高い研究をさせていただいておりましたが、研究者の性として、「自分の裁量で研究を展開したい」という思いは強くなるものです。私の場合はそういうフェーズでFRISに応募しました。FRISでは、研究の裁量権があるということは申し分なく、研究費があれば、博士研究員、技術員や学生を雇用することも自由にできます。若くして独立することは大変なことも多くありますが、周りには異分野でありながらも同じ志の仲間がたくさんいますし、そのような環境下での人間関係の構築が今後の研究者人生の大きな財産になることは間違いありません。挑戦心の強い若手研究者におすすめです。
2024年から准教授にあげていただき、2025年には国際卓越研究大学の枠組みの中でテニュアも獲得しました。この環境の中で自分の代名詞となるような仕事をつくっていきたいと思っています。FRISには若手と一言でいってもさまざまなフェーズの研究者がいます。自分のようなシニア層の研究者にとっても、自身の研究を萌芽・成熟させるステップとしてとてもいい環境だとおすすめできます。
(2024年5月インタビュー実施)