トピックス
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会議発表・論文・出版2025.07.04
新領域創成研究部の翁岳暄准教授(九州大学高等研究院(クロスアポイントメント))は、共著による書籍「Research Handbook on the Law of Artificial Intelligence: Current and Future Directions - 2nd Edition」をイギリスのEdward Elgar Publishingより出版いたしました。 人工知能(AI)の分野は、過去20年間で飛躍的な進歩を遂げましたが、今もよりスマート化しつづけ、そしてより自律的になっています。この進歩は、AIアルゴリズムが「言論」として数えられるべきかどうか、AIが独占禁止法や刑法の下で規制されるべきかどうか、そしてAIが代理店法の下で代理人として見なされるのかなど、現在の法的原則に多くの課題を投げかけることになります。この本では、よりスマートになるAIの時代における法律の役割に関する米国ほか国際的な法律学者による見解など、分野の発展に重要な課題が述べられています。 書名:Edward Elgar Publishing 発行日:2025年6月 体裁:ハードカバー ISBN: 978 1 03531 648 9 https://www.e-elgar.com/shop/gbp/research-handbook-on-the-law-of-artificial-intelligence-9781035316489.html
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研究会等のお知らせ2025.07.03
ハイブリッド開催 / Hybrid Event FRIS Hub Meetingは、FRISの研究者全員が参加する研究発表セミナーで、月に一度、8月を除く毎月第4金曜日に開催しています。Hub Meetingの趣旨は、発表者が全領域の研究者を対象として、研究のイントロと分かりやすい専門的内容の紹介を行い、新テーマ創成の芽を作ることです。2021年1月からは世界で活躍できる研究者戦略育成事業「学際融合グローバル研究者育成東北イニシアティブ(TI-FRIS)」のTI-FRIS Hub Meetingと合同で開催しています。 Hub Meetingでは英語での発表を強く推奨しています。異分野研究者同士では共通の常識や考え方は望めません。参加者は発表中にどんどん質問し、討論し、理解を深めるようにしています。Hub Meeting参加対象(下記)の方は積極的にご参加ください。 【TI-FRISは、弘前大学、岩手大学、東北大学、秋田大学、山形大学、福島大学、宮城教育大学によるコンソーシアム事業です。】 第67回 FRIS Hub Meeting(TI-FRIS Hub Meetingとの合同開催) 日時:2025年7月25日(金)16:00- 開催方式:ハイブリッド開催(オンライン/Zoom・学際科学フロンティア研究所セミナー室) Language: English 参加ご希望の方は、事前登録が必要になります。 参加申し込みフォームよりご登録ください。 登録締切:2025年7月24日(木)15:00 発表者: WELLING Thomas Arnoldus Josephus 助教 (東北大学 学際科学フロンティア研究所/物質材料・エネルギー) 発表タイトル:ナノ粒子で創る: 自己組織化による材料設計 / Building with nanoparticles: material design through self-organizatio 発表内容の概要: Nanoparticles exhibit superior properties compared to their bulk counterparts such as strong interactions with light and increased surface area. Building new structures with these nanoparticles unlocks additional properties and allows us to bridge the gap from the nanoscale to the application scale. In this talk, I will introduce the fields of colloidal science and nanoparticle self-assembly by discussing their fundamental concepts, history and current trends. I will also touch on the many connections with different fields and how colloidal science can be harnessed for interdisciplinary research. Finally, I will introduce my research in which I build controlled structures of nanoparticles for light manipulation, adsorption, and catalysis. Hub Meeting参加者 趣旨と守秘義務を理解・了解していることを条件に、以下の方が参加できます。 Hub Meetingメンバー 発表のターゲットとする参加者、アーカイブ視聴対象 ・東北大学学際科学フロンティア研究所教員 ・TI-FRISフェロー オブザーバー Hub Meetingに興味のある下記の参加者(質問・議論にも参加することができます) ・東北大学学際高等研究教育院研究教育院生 ・東北大学教職員・学生 ・TI-FRIS参画大学教職員・学生 ・TI-FRIS関係者(委員会委員等) ・「世界で活躍できる研究者戦略育成事業」の育成対象者 ・学際研所長/TI-FRISプログラムマネージャーが認めたもの ◆FRIS Hub Meetingについて
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会議発表・論文・出版2025.07.03
【発表のポイント】 農業廃棄物のもみ殻と鉱山副産物のパイライト(黄鉄鉱:FeS2)から、白金(Pt)に代わる高耐久な電池用触媒を開発しました。 これまで活性炭や電極材料では除去対象だったもみ殻中の非晶質シリカ(アモルファスSiO₂)(注1)が、触媒として機能するパイライト内の鉄と結合し、安定性を高める可能性が示されました。 廃棄物を活用して高性能と長寿命を両立するこの技術は、再生可能エネルギーの貯蔵や白金など希少な非鉄金属であるレアメタル依存の低減に貢献します。 【概要】 世界で年間約1億トン以上が発生するもみ殻は、分解されにくく用途が限られるため、多くが焼却処分されてきました。一方、銅鉱石である「チャルコパイライト(黄銅鉱:CuFeS2)」の副産物であるパイライトも活用が進んでおらず、環境負荷が問題となっています。 東北大学学際科学フロンティア研究所の中安祐太助教と同阿部博弥准教授、同大学院工学研究科のEdwin Nyangau Osebe大学院生と渡邉賢教授らの研究グループは、こうした未利用資源に着目し、秋田大学、北海道大学、物質・材料研究機構などとの共同研究により、もみ殻とパイライトを原料とした燃料電池用触媒の開発に成功しました。この触媒は、特に白金が劣化しやすい酸性環境でも高い安定性を示し、従来は高価な白金にしかできなかった電池内の酸素反応を担うことが期待されます。さらに、電極材料化の際に導電性向上のため除去されてきたもみ殻由来の非晶質シリカが、鉄との相互作用により触媒の耐久性を高める可能性が示されました。本研究は、廃棄物の価値を見直すと同時に、希少金属の低減や低コスト化に貢献する、新たな電池材料技術として注目されます。 本成果は7月1日、電力に関する分野の専門誌Journal of Power Sources に掲載されました。 【詳細な説明】 研究の背景 金属空気電池や燃料電池などのエネルギーデバイスでは、酸素を取り込む「酸素還元反応(ORR)(注2)」を担う触媒材料が重要な役割を果たしています。これまで主に使われてきた白金は高価で希少な資源であり、供給リスクやコスト面から、代替となる安価で持続可能な材料の開発が世界的な課題となっています。 一方、農業や鉱業の現場では、大量の未利用資源が排出され続けています。たとえば「もみ殻」は、世界中で年間1億トン以上が発生し、分解されにくく、焼却処分による環境負荷が問題となっています。 また、電気自動車や再生可能エネルギーの普及に伴って銅(Cu)の需要が急増しており、その主な供給源である銅鉱石「チャルコパイライト(黄銅鉱:CuFeS2)」の採掘が進む中で、副産物として大量のパイライト(黄鉄鉱:FeS2)が発生しています。パイライトは多くの場合使い道がなく廃棄され、雨水などとの化学反応で酸性水を発生させ、土壌や水質への悪影響が懸念されています。 こうした未利用資源を再評価し、環境負荷の低減と機能性材料の創出を両立することは、資源循環とカーボンニュートラル社会の実現に向けた重要な取り組みです。 今回の取り組み 本研究では、東北大学を中心とする研究グループが、農業廃棄物である「もみ殻」と、鉱山副産物の「パイライト(黄鉄鉱)」を活用し、白金に代わる電池用の酸素還元触媒を開発しました。貴金属を使わず、未利用資源から高性能な機能性材料を生み出す、持続可能な材料開発の新たな取り組みです。(図1) 鉄(Fe)と窒素(N)からなるFe–N₄構造は、酸素還元反応(ORR)に対して高い活性を示す一方、特に酸性条件では構造が不安定になりやすく、長時間の使用に耐えにくいという課題がありました。本研究では、この課題を解決するために、合成プロセスと構造設計の両面に工夫を加えました。 まず、パイライトからの鉄イオンを含む水溶液にもみ殻を一晩浸漬し、その後に水熱炭化(注3)することで、鉄を内部に分散させました。この工程により、触媒前駆体の均一性が高まり、大量生産にも適した構造が得られます。続く第二段階では、窒素雰囲気下での高温炭化時に、安価で広く流通する尿素を添加することで、Fe–N構造の形成を促す窒素ドープを行いました。 この二段階プロセスにより、鉄と窒素を効果的に導入し、反応性の高い構造が形成されたと考えられます。また、もみ殻に含まれる非晶質シリカが構造の安定化に寄与することで、全体として高い耐久性が実現されました。 得られた触媒は、酸性・中性・アルカリ性のすべての条件下で白金触媒に匹敵する起電力(オンセットポテンシャル)を示しました(図2)。さらに、酸性条件下における14時間の連続運転試験では、白金触媒(40wt% Pt/C)を上回る電流保持率を記録し、優れた耐久性が確認されました(図3)。 特筆すべきは、従来は除去対象とされてきたもみ殻中のシリカが、鉄との相互作用を通じて構造の安定化に寄与している可能性が示唆されたことです。このシリカは外部から添加したものではなく、もみ殻に最初から含まれていた成分がそのまま機能しており、自然に役立つかたちで働いているのが特徴です。未利用資源に含まれる成分を無駄なく活かす、新たな触媒設計のアプローチとしても注目されています。 図1. 本取り組みの概要図 図2. 各溶液条件による起電力の比較図 図3. 各溶液条件における14時間の低電位測定における耐久性の比較図 今後の展開 本触媒は、環境負荷が少なく、安価な原料と簡便な工程で製造できるため、将来的な量産・実用化に向けた展開が期待されています。現在、製造プロセスの連続化や大面積化に向けたスケールアップの研究も検討しており、産業利用に適した製造基盤の確立を目指しています。 また、本材料を用いた空気電極は、論文内で示された亜鉛(Zn)–空気電池にとどまらず、燃料電池、微生物燃料電池、その他金属空気電池、有機空気電池など、さまざまな次世代エネルギーデバイスへの応用が可能です。こうした応用により、レアメタルへの依存を抑えながら、再生可能エネルギーの効率的な蓄電や利用を実現することが期待されます。 さらに今後は、地域の自治体や企業と連携し、未利用資源の地産地消型の活用モデルや、地域エネルギーインフラへの応用も視野に入れています。農業廃棄物や産業副産物を地元で循環させ、蓄電材料や環境調和型エネルギー技術として地域に還元する取り組みは、脱炭素社会の実現と地域循環共生圏の構築にも貢献すると考えられます。 【謝辞】 本研究は、科学研究費助成事業(課題番号JP22K14533)、環境省環境研究総合推進費(JPMEERF20223C04およびJPMEERF20223R02)、文部科学省若手研究者キャリア自立支援事業「学際科学フロンティア研究所(TI-FRIS)」の支援を受けて実施されました。また、東北大学学際科学フロンティア研究所の共同研究支援プログラム(FRIS CoRE)により、一部の分析機器を使用しました。ここに深く感謝申し上げます。 【用語説明】 注1. 非晶質シリカ(アモルファスSiO₂) 結晶構造を持たないシリカ(酸化ケイ素)のこと。もみ殻には多く含まれ、従来は除去対象とされてきたが、本研究では触媒の構造安定化に貢献している可能性がある。 注2. 酸素還元反応(ORR) 空気中の酸素分子(O₂)を水または水酸化物イオンなどに変換する反応。電池や燃料電池の正極(空気極)で用いられる。 注3. 水熱炭化 植物などのバイオマスを水とともに高温高圧の状態で加熱し、炭素を多く含む固体(炭化物)に変える技術です。およそ180~250℃の比較的低い温度で処理でき、乾燥の工程が不要なため、含水率の高い生ごみにも適用可能です。燃料や土壌改良材のほか、電池材料など高機能な炭素材料への応用も期待されています。 【論文情報】 タイトル:Highly Active and Stable Fe–N₄ Catalyst from Unused Natural Resources for Oxygen Reduction Reaction in Acidic to Alkaline Medium 著者:Edwin Osebe Nyangau, Hiroya Abe, Kazutoshi Haga, Chie Ooka, Kenji Hayashida, Naoka Nagamura, Kotaro Takeyasu, Masaru Watanabe, Yuta Nakayasu* *責任著者:東北大学 学際科学フロンティア研究所 助教 中安 祐太 掲載誌:Journal of Power Sources DOI:10.1016/j.jpowsour.2025.237784 URL:https://doi.org/10.1016/j.jpowsour.2025.237784 プレスリリース 東北大学 https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2025/07/press20250703-01-catalyst.html 東北大学工学研究科 https://www.eng.tohoku.ac.jp/news/detail-,-id,3264.html 北海道大学 https://www.hokudai.ac.jp/news/pdf/250703_pr2.pdf 秋田大学 https://www.akita-u.ac.jp/honbu/event/item_mix_4964.html
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お知らせ2025.07.02
2025年6月23日、あべ俊子文部科学大臣が東北大学を訪問し、学際科学フロンティア研究所(学際研)新領域創成研究部の若手研究者と意見交換を行いました。 意見交換には齋藤勇士准教授、久我奈穂子助教、田原淳士助教が参加し、若手研究者のキャリアパスや挑戦的な研究に取り組める環境づくり、支援体制のあり方について、率直な意見が交わされました。 あべ大臣からは、若手研究者が活躍できる研究環境の整備などを含む東北大学の先進的な取組について、今後の展開に期待が寄せられました。 写真:意見交換の様子。 文部科学省 あべ大臣が、3GeV高輝度放射光施設NanoTerasuを視察するとともに、東北大学を訪れ国際卓越研究大学としての取組状況について意見交換(2025年6月23日) https://www.mext.go.jp/b_menu/activity/detail/2025/20250623_2.html 東北大学 あべ俊子文部科学大臣 3GeV高輝度放射光施設NanoTerasu(ナノテラス)、東北大学を視察(2025年6月30日) https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2025/06/news20250630-staff.html
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会議発表・論文・出版2025.07.02
大阪大学大学院理学研究科の川室太希助教、立教大学の山田真也准教授、酒井優輔さん(博士後期課程)、理化学研究所の長瀧重博主任研究員、松浦俊司上級研究員、東北大学学際科学フロンティア研究所の山田智史助教らによる研究グループは、欧州宇宙機関(ESA)が運用するX線天文衛星XMM-Newtonがこれまで約24年間にもわたり取得してきた大規模な宇宙のX線変動データから、量子コンピュータと機械学習を組み合わせた量子機械学習モデルを構築し適応することで、113件の異常なエネルギー(X線)放射現象を捉えることに成功しました。 近い将来、今以上に宇宙の変化を捉えるために膨大な量の動画データが取得されると考えられています。そこで、人類の予想を超えるような変動を見つけ、宇宙の多様性やいまだ隠れている物理現象といった神秘を解明するために、最先端の機械学習モデルの開発が活発に行われています。 そのような状況のなか、研究グループは、機械学習と量子コンピュータを組み合わせた量子機械学習の有用性をシミュレーションベースで模索するため、機械学習で用いられているLSTM(Long Short-term Memory; 長・短期記憶)と呼ばれるニューラルネットワークに量子回路を埋め込み、量子コンピュータで計算できるように整備し、明るさの異常変動の検出を行いました。その結果、古典コンピュータを用いた場合よりも多くの候補を特定することに成功しました。 本研究成果は、米国科学誌「The Astrophysical Journal」に、2025年7月2日(水)15時(日本時間)に公開されます。 左図: 採用した量子LSTMと異常な明るさの検知の概要。連綿と入力データを量子回路を内包したLSTMユニットに送り、最終的に明るさを予測する(ひし形)。予測データよりも、ずれが小さい場合には通常データと判定(オレンジ丸)、ずれが大きい場合には異常現象と判定(赤紫丸)。 右図: 実際のX線の明るさの変化に量子また古典LSTMを適応した結果の一例。上パネルは、実際の観測データ、量子LSTM の予測、そして古典LSTMの予測を示している。下パネルは、観測データと予測のずれを示している。量子の方が、ずれ、または異常のシグナルが大きい。 【論文情報】 タイトル:Quantum Machine Learning for Identifying Transient Events in X-Ray Light Curves 著者:Taiki Kawamuro, Shinya Yamada, Shigehiro Nagataki, Shunji Matsuura, Yusuke Sakai, and Satoshi Yamada 掲載誌:The Astrophysical Journal DOI: 10.3847/1538-4357/adda43 URL: https://doi.org/10.3847/1538-4357/adda43 プレスリリース: 東北大学 https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2025/07/press20250702-03-space.html 東北大学大学院理学研究科 https://www.sci.tohoku.ac.jp/news/20250702-13809.html 立教大学 https://www.rikkyo.ac.jp/news/2025/07/mknpps0000038xsz.html 理化学研究所 https://www.riken.jp/press/2025/20250702_3/index.html
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会議発表・論文・出版2025.06.30
【発表のポイント】 昆虫の脱皮を促進するホルモン「エクダイソン」とその受容体「DopEcR(注1)」についてショウジョウバエ成虫を使って研究しました。 重金属などの毒を含んだ餌を摂取すると、エクダイソンが腸に発現するDopEcRに作用し、解毒を促進することを明らかにしました。 同時に、エクダイソンは神経系に発現するDopEcRに作用し、毒を含んだ餌の摂取を抑制することがわかりました。 エクダイソンが腸と神経系という二つの異なる組織に作用し、協調的に毒物に対する生体防御を行う仕組みが明らかになりました。 他の昆虫種や環境毒への応答、さらには哺乳類におけるホルモン・行動制御の比較研究などへの発展が期待されます。 【概要】 昆虫の脱皮を促すホルモン「エクダイソン」は、すでに脱皮を終えた成虫でも分泌されており、近年その新たな役割が注目されています。 学際科学フロンティア研究所の市之瀬敏晴准教授らのグループは、成虫期のエクダイソンが毒物から体を守る重要な役割を果たしていることを明らかにしました。このホルモンはDopEcRという受容体を介して、腸では解毒遺伝子の発現を促し、神経系では毒を含む餌を避ける行動を引き起こしていました。つまり、腸と神経におけるエクダイソンとDopEcRによる協調的な働きにより、二段構えの生体防御が実現されていることになります。 本研究成果は、成虫期におけるエクダイソンの機能に新たな視点を加えるもので、害虫制御への応用も期待されます。 本成果は6月28日、生物学系の学術雑誌Current Biologyに掲載されました。 【詳細な説明】 研究の背景 昆虫の成長に欠かせないホルモン「エクダイソン」は、脱皮を促す働きでよく知られています。しかし、成虫になると昆虫は脱皮しなくなるにもかかわらず、エクダイソンは成虫の体内でも分泌され続けています。成虫期のエクダイソンの機能については、卵形成や求愛行動など一部を除き、多くは不明でした。本研究では、成虫期のエクダイソンとその受容体DopEcR(注1)(Dopamine/Ecdysome Receptor)が、毒物への二段構えの生体防御に機能するという新たな役割を発見しました。 今回の取り組み 東北大学 学際科学フロンティア研究所の市之瀬敏晴准教授らの研究チームは、ショウジョウバエを用いた実験により、成虫期のエクダイソンが毒物の摂食の回避と体内解毒の両面で重要な役割を果たしていることを明らかにしました。まず、Capillary feeding assay(CAFEアッセイ)(注2)という手法を用い、有害な重金属イオンである銅イオンを含む餌と含まない餌の両方を自由に食べることのできる環境を用意し、ショウジョウバエの摂食行動を詳細に観察しました。 その結果、野生型のハエは銅を含む餌を避ける一方で、エクダイソンを合成できない変異体(注3)やDopEcRの変異体では有害な餌を避けることができず、わずかな量の毒でも致死的となることがわかりました。さらに、DopEcRの働きを特定の臓器で阻害する実験(注4)により、エクダイソン-DopEcRシグナルが腸と神経系で異なる役割を担っていることが明らかになりました。具体的には、腸の細胞では銅の摂取に伴い、金属イオンや活性酸素の無毒化を行うメタロチオネイン(注5)という遺伝子群の発現が促進されていました。一方、神経系では銅を含んだ餌の摂食行動そのものを抑制する作用がみられました。この仕組みは、銅イオンだけでなく、様々な毒性物質や、コカイン、エタノール、覚醒剤など依存性薬物の摂取を抑制する可能性があり、毒物・依存性薬物全般に対する防御システムの構築に向けた新たなアプローチが示されました。 今後の展開 本研究により、エクダイソンは幼虫期に限らず、成虫期においても腸と神経系を協調的に制御し、生体を毒から守る「統合的な防御ホルモン」として機能していることが明らかになりました。このように時期によって機能が大きく変化するホルモンは我々ヒトにおいても知られており、例えば、代謝を制御することで知られる甲状腺ホルモンは、胎児・乳児期には脳の発達に不可欠な役割をもつことが知られています。時期や文脈によるホルモンの使い分け機構は、限られたリソースを最大限活用するための生物の工夫でもあるといえます。 興味深いことに、甲殻類では有害物質の体内蓄積により脱皮が促進され、毒を古い外骨格と共に体外に脱ぎ捨てるという現象が報告されています。エクダイソンが脱皮と解毒の両方を制御するようになった背景には、こうした進化的由来があるのかもしれません。さらに、一部の植物にはエクダイソンに類似した構造をもつ「フィトエクダイソン」と呼ばれる化合物が含まれています。本研究の結果から、フィトエクダイソンはDopEcRを介して草食性昆虫の摂食を抑制し、結果的に植物を保護する役割がある可能性が考えられます。 こうした知見は、農業における害虫制御の行動抑制といった応用にもつながる可能性があります。今後は、他の昆虫種や環境毒への応答、さらには哺乳類におけるホルモン・行動制御の比較研究などへの発展が期待されます。 図1. 本研究で示されたモデル。毒の摂取によりエクダイソンが神経系と腸のDopEcRに作用し、毒物の忌避行動と解毒をそれぞれ促進する。 【謝辞】 本研究は、以下の機関からの資金提供を受けて実施されました。科学研究費助成事業:21K06369、21H05713、22KK0106;科学技術振興機構(JST):JPMJSP2114;上原記念生命科学財団;武田科学振興財団。 【用語説明】 注1. DopEcR(Dopapmine/Ecdysone Receptor): エクダイソンとドーパミンの両方が作用することのできるG-タンパク質共役型の受容体。タンパク質のリン酸化などを介して細胞内に情報を伝える役割をもつ。ちなみに、エクダイソンが脱皮を誘導する際には別の受容体EcR(Ecdysone Receptor)に作用する。 注2. Capillary Feeding assay (CAFE assay):昆虫の摂食量を測定するための実験手法。毛細管現象を使って液体の餌を含ませたガラス管を昆虫に提示し、摂食に伴う液面低下を測定することで摂食量を定量する。 注3. 変異体:ゲノムDNA配列の変異により特定の遺伝子の機能が改変または阻害された個体のこと。 注4. DopEcRの働きを特定の臓器で阻害する実験:トランスジェニック技術によってマイクロRNAという分子を発現することにより、DopEcRの発現を特定細胞で阻害した。 注5. タンパク質の一種で、チオール基をもつシステイン残基を多く有する。チオール基によるラジカル分子の無毒化や、重金属イオンとの結合能をもつ。 【論文情報】 タイトル:Ecdysteroid-DopEcR signaling in neuronal and midgut cells mediates toxin avoidance and detoxification in Drosophila 著者:西塔心路、菅野舞、谷本拓、市之瀬敏晴 *責任著者:東北大学学際科学フロンティア研究所、准教授、市之瀬敏晴 掲載誌:Current Biology DOI:10.1016/j.cub.2025.06.023 URL: https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(25)00752-3 プレスリリース: 東北大学 https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2025/06/press20250630-01-toxin.html 東北大学生命科学研究科 https://www.lifesci.tohoku.ac.jp/research/results/detail---id-52699.html
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会議発表・論文・出版2025.06.25
親子の顔や性格が「似ている」と気づく瞬間は、誰でも経験することでしょう。しかし、親子が似ているのは日常の中で感じられる特徴ばかりではありません。実は脳の「かたち」も、他人同士の中から親子を識別できるほどによく似ることがわかっています。ただし、これまでの研究では母親と子に焦点が当てられており、父親を含めた検討は十分に行われていませんでした。 東北大学学際科学フロンティア研究所の松平泉助教、大学院医学系研究科の山口涼大学院生(日本学術振興会特別研究員)、加齢医学研究所の瀧靖之教授の研究グループは、父・母・子からなる「親子トリオ」の脳MRI画像を用いて、子の脳のどの部分が、父親と母親のどちらに似ているのかを詳細に調べました。その結果、子の脳には「父親にのみ似る部分」「母親にのみ似る部分」「両親に似る部分」「どちらにも似ない部分」が存在することを発見しました。さらに、これらの構成には子の性別によって違いがあることが明らかとなりました。 つまり、親子の脳の類似性は、「父と娘」「母と息子」など、親子の性別の組合せによって異なると言えます。今後は、「なぜ親子で脳が似るのか」「なぜ性別が関与するのか」「脳が似ていることは性格が似ていることとどう関係するか」といった問いに迫ります。本研究を手がかりとして、抑うつなどの心の不調が世代間で伝播する仕組みの理解が進むことも期待されます。 本研究成果は、2025年6月19日付で科学誌iScienceに掲載されました。 図:研究成果の概要。『家族の脳科学』では父・母・子からなる「親子トリオ」の脳のMRI画像を収集しています(図の左側)。脳のMRI画像からは、脳回指数、表面積、皮質厚、皮質下体積、といった脳の「かたち」の情報(特徴量)を得られます(図の中央)。本研究ではこれらの特徴量が親子で似ている脳領域を詳細に調べました(図の右側)。その結果、息子と娘のそれぞれにおいて、父親にのみ似る領域(脳の模式図のうち、青色で塗った部分)、母親にのみ似る領域(桃色で塗った部分)、両親に似る領域(紫色で塗った部分)、どちらにも似ない領域(鼠色で塗った部分)、があることが分かりました。この結果は、先行研究の多くが母子のみを対象としてきたのに対し、「親子トリオ」に着眼したことで得られた新しい知見です。なお、実際の分析結果では脳の左半球にも特徴量の親子間の類似性を確認していますが、簡略化のため、図には右半球のみを表示しています。 【論文情報】 タイトル:Parent–offspring brain similarity: Specificities and commonalities among sex combinations–the TRIO study 著者:Izumi Matsudaira*, Ryo Yamaguchi, and Yasuyuki Taki *責任著者:東北大学学際科学フロンティア研究所 助教 松平泉 掲載誌:iScience DOI:10.1016/j.isci.2025.112936 URL:https://www.cell.com/iscience/fulltext/S2589-0042(25)01197-6 プレスリリース: 東北大学 https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2025/06/press20250625-01-brain.html 東北大学加齢医学研究所 https://www.idac.tohoku.ac.jp/site_ja/news/22549/ 学際高等研究教育院 http://www.iiare.tohoku.ac.jp/news/press20250624-01/
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受賞2025.06.18
新領域創成研究部の田原淳士助教が、公益財団法人UBE学術振興財団 『第65回学術奨励賞』を受賞しました。 本賞は、有機化学、無機化学、高分子化学、機械・計測制御・システム、電気・電子、医学を含む幅広い自然科学分野の優れた独創的研究をしている者に対して授与されます。 受賞対象の研究テーマ: 研究課題「セルロース由来バイオマス化合物の非古典的な分子変換を基盤とした創薬科学・高分子化学の開拓(高分子)」
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お知らせ2025.06.17
学際科学フロンティア研究所の鈴木博人助教が、2025年6月22日(日)放送のNHK Eテレ「サイエンスZERO」に出演し、3GeV高輝度放射光施設NanoTerasu(ナノテラス)を使った最新の研究成果について紹介します。 番組名:サイエンスZERO(NHK Eテレ) 放送日時:2025年6月22日(日)23:30〜24:00 (再放送)6月28日(土)11:00 〜11:30 番組ウェブサイト: https://www.nhk.jp/p/zero/ts/XK5VKV7V98/episode/te/PNRZNP4Z9L/
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研究会等のお知らせ2025.06.06
オンサイト開催(一部オンライン) 日時 / 2025年6月11日 (水) 15:00~ ※いつもと開催時間が異なりますのでご注意ください。※ 会場 / 学際科学フロンティア研究所 セミナー室 教育院生及び学際研関係者の方は申込不要です。 口頭発表者は以下の通りです。 1.柿沼 薫「人口動態と気候変動:2つの変化を重ねて見えること」 Population Dynamics and Climate Change: What Emerges at the Intersection of Two Dynamics 2.倉持 円来「プロインスリンの酸化的フォールディング触媒機構 」 Catalytic mechanism of Proinsulin oxidative folding なお、プログラムの時間配分は変更する場合がありますので、予めご了承下さい。 抄録集.pdf 問い合わせ先 学際高等研究教育院 総合戦略研究教育企画室 @ ■全領域合同研究交流会について