東北大学
学際科学フロンティア研究所

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ウナギが水中も陸上も泳げる仕組みを 数式とロボットを用いて解明 ~「伸び」と「圧」の感覚を活用した運動制御が鍵~

2025年8月18日『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America』誌に論文掲載、2025年9月5日プレスリリース

2025.09.05

【概要】
ウナギなどの細長い魚は、脊髄が損傷した後も泳ぐことができ、水中だけでなく陸上も移動できる優れた運動能力を持っています。東北大学学際科学フロンティア研究所の安井浩太郎助教、電気通信研究所の鈴木朱羅助教、石黒章夫教授は、公立はこだて未来大学の加納剛史教授、オタワ大学のEmily M. Standen准教授、スイス連邦工科大学ローザンヌ校のAstha Gupta大学院生、Auke J. Ijspeert教授らとの共同研究により、この驚異的な運動能力を生み出す神経回路メカニズムの解明に取り組みました。
研究グループは、身体に備わる「伸展感覚」と「圧力感覚」の二つの感覚フィードバック注1を統合した神経回路モデルを提案し、このモデルが水中遊泳と障害物がある陸上移動の両方に有効であることをシミュレーション・ロボット実験により世界で初めて実証しました。また、脊髄損傷後のウナギの遊泳能力に関する新たな仮説として、身体に分散した神経回路が自発的なリズムを生み出せるならば感覚フィードバックを活用して自然に泳ぎ続けられることを提唱しました。本研究成果は、動物の運動制御の原理解明に貢献するとともに、タフに動くロボットの開発への応用が期待されます。

本研究成果は、学術誌Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America に2025年8月18日付けで掲載されました。
 
【詳細な説明】
研究の背景
ウナギなどの細長い魚類は、身体を波状にうねらせる運動によって移動します。このうねり運動は自然界で様々な動物種が採用する最も普遍的な運動様式の1つです。特に、ウナギは、運動の制御を担う脊髄が一部損傷しても水中を泳げたり、でこぼこした陸上でも移動できるという優れた運動能力を示します。
こうした適応的な運動は、脊髄内の中枢パターン発生器(CPG)注2と呼ばれる神経回路網によって制御されていることが知られています。CPGは感覚入力がなくても基本的な運動リズムを生成できますが、状況に応じた運動の実現には、身体が環境から得られる様々な感覚情報のフィードバックによる運動調整が重要であると考えられています。
これまでのうねり運動に関する研究では、伸展感覚(筋肉の伸びを感知する感覚)や圧力感覚(表皮の圧力を感知する感覚)などの感覚フィードバックが運動時のCPGの活動を調整することが示唆されてきました。しかし、これら複数の感覚フィードバックが組み合わさった場合にどのような運動能力が発現するのかは、動物の生体を用いて実験的に計測することが技術的に困難なため、十分に解明されていませんでした。
 
今回の取り組み
本研究では、ウナギなどの細長い魚類の運動制御メカニズムを理解するため、神経回路を数理モデル化し、その神経回路モデルから生み出される運動をシミュレーション・ロボット実験により検証するアプローチを採用しました(図1)。
まず、伸展感覚と圧力感覚の二つの感覚フィードバックを統合した神経回路を数理モデル化しました。このモデルでは、身体の各体節に運動リズムを生成する神経回路(CPGに相当)を仮定し、それらが伸展感覚と圧力感覚のフィードバックによって自律的に調整される仕組みを表現しました。
次に、提案した神経回路モデルの妥当性を検証するため、コンピュータシミュレーションとロボットを用いた実験を行いました。水中での遊泳実験では、安定した遊泳パターンを迅速に生成できることを確認しました。特に、伸展感覚フィードバックが、この運動の生成に貢献していることを発見しました。さらに、障害物が多数配置された陸上環境での実験を行い、水中遊泳用と同じ神経回路が陸上移動にも有効であることを実証しました。特に、伸展感覚フィードバックが、障害物を活用した推進力の獲得に重要な役割を果たすことが明らかとなりました。
本研究では、ウナギの脊髄を身体中央部で切断する実験に対応したシミュレーション・ロボット実験を行うことで、脊髄切断後も遊泳能力を維持できるメカニズムを調べました。その結果、身体に分散した神経回路に自発的なリズム生成能力が一定程度存在すれば、提案した複数感覚のフィードバックが機能することで、脊髄切断箇所の前後の身体運動が協調した遊泳が生み出されることが分かりました。
 
今後の展開
本研究の成果は、動物の運動制御の原理解明に貢献するとともに、環境変化や身体損傷に対してタフに動くロボットの開発への応用が期待されます。特に、多感覚フィードバックを活用した制御手法は、水中・陸上・不整地といった多様な環境で適応的に動き回ることのできるロボットの実現に資すると期待されます。また、脊髄損傷後の運動能力に関する知見は、生物学的な観点から興味深いだけでなく、脳による制御に依存しない分散型の運動制御システムの設計原理としても応用できる可能性があります。
水中遊泳用の神経回路が陸上移動にも有効であるという発見は、進化の過程で水中から陸上への進出が新たな神経回路を必要とせずに実現できた可能性を示唆しています。したがって、この知見は脊椎動物の運動制御の進化的起源の理解にも貢献する可能性があります。
 

図1. 本研究の概要。(A) ウナギなどの細長い魚類を模した身体および神経回路のモデルの概観図。(B)開発したウナギ型ロボットのCADイメージ図。(C) 提案モデルが動物の運動を再現しうるかをシミュレーション実験やロボット実験を通じて検証するアプローチを本研究では採用。(D)検証に用いた多様な神経回路の構成。

【関連動画】
Summary movie of the paper by Yasui & Gupta et al. in PNAS (2025)
https://youtu.be/-9v5MbU0ySM
 
【謝辞】
This project has received funding from Human Frontier Science Program (grant RGP0027/2017) and the European Research Council (grant agreement, No 951477). This work was supported by the JSPS KAKENHI (Grant Number JP23KK0072, JP23K13349).
 
【用語説明】
注1. 感覚フィードバック:生物が身体の感覚をもとに環境や自身の状態を検知し、その感覚情報に基づいて運動を調整する仕組み。
注2. 中枢パターン発生器(CPG):歩行や遊泳などの運動におけるリズミックなパターンを生み出すことができる神経回路網を指し、脊椎動物では脊髄に存在する。
 
【論文情報】
タイトル:Multisensory feedback makes swimming circuits robust against spinal transection and enables terrestrial crawling in elongate fish
著者:Kotaro Yasui*, Astha Gupta*, Qiyuan Fu, Shura Suzuki, Jeffrey Hainer, Laura Paez, Keegan Lutek, Jonathan Arreguit, Takeshi Kano, Emily M. Standen, Auke J. Ijspeert, Akio Ishiguro
*責任著者:東北大学学際科学フロンティア研究所 助教 安井浩太郎
*責任著者:スイス連邦工科大学ローザンヌ校 Astha Gupta (博士課程学生)
掲載誌:Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS)
DOI:https://doi.org/10.1073/pnas.2422248122
URL:https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2422248122
 
プレスリリース:
東北大学
公立はこだて未来大学
 
 
 
 
 
 
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