東北大学
学際科学フロンティア研究所

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「DNA複製とゲノム安定性制御の研究」

2017.04.27

大学 保一 助教(新領域創成研究部)

「DNA複製とゲノム安定性制御の研究」

平成29年度 文部科学大臣表彰若手科学者賞


生物は組織や個体を形成、および維持するため最少ユニットである細胞の分裂を繰り返します。その度に、ゲノム情報の担体であるDNAは限られた時間内に正確に複製される必要があります。しかし、DNA複製は無限に同じクォリティで行われるものではなく、細胞の老化と共にその機能不全のリスクが高まり、DNA複製機構の破綻による細胞死やゲノム情報の不安定化(突然変異や染色体異常)のリスクが高まります。このようなDNA複製による変異は生物集団に多様性を生む仕組みであり、生物進化の原動力ですが、ヒトを含む多細胞生物においては、組織、および器官の機能不全の原因となるとともに、がん細胞のような体内の恒常性から逸脱した細胞集団を生み出す原因にもなってしまいます。大学保一氏は、ゲノム情報の安定性を維持する機構の解明に向け、どのようにDNA複製機構がゲノム上の様々な障害に対応するのか、また、突然変異・染色体異常が生成される機構を探ることをテーマとして研究をおこなってきました。

DNA損傷部位のコピーは後回しにされる!?
紫外線などによって誘発されるDNA損傷はDNA合成酵素:DNAポリメラーゼによる反応を阻害しますが、細胞には、DNA損傷を乗り越えて合成反応(損傷バイパス合成)を行う仕組みが備わっています。具体的には、DNA損傷を鋳型としても反応を継続できる特殊なポリメラーゼによる合成や、姉妹染色体を代わりに鋳型とした合成(テンプレートスイッチング)によるものです。損傷バイパス合成は、DNA複製装置の進行に伴って起こる現象と考えられていましたが、氏は、出芽酵母を用いて、その反応が複製装置の進行とは切り離されて、後回しにするかのように起きることを明らかにしました(Daigaku et a.l Nature, 465, 951-955, 2010)。この結果は、1960年代より提唱されたモデル ”post-replication repair” を直接的に証明し、DNA損傷が存在してもゲノム複製が非常に柔軟に進行しうることを実証した画期的な研究として評価されました。

全ゲノムを網羅してDNAポリラーゼの機能を解析する実験系の確立
真核生物には15種類のDNAポリメラーゼが存在し、それぞれの正確性は異なるので、ゲノム複製におけるDNAポリメラーゼ間での分業は、突然変異生成という観点からも重要な問題です。氏は、その問題の包括的な解明へのアプローチとして、個々のDNAポリメラーゼの合成領域を全ゲノムに渡り同定する実験技術を確立し、ゲノム複製の大半を担う2つのポリメラーゼ(Polδ、Polε)の機能解析を行いました(Daigaku et al Nat. Struct. Mol. Biol. 22 192–8 2015)。その成果として、Polδによりラギング鎖合成、Polεよるリーディング鎖合成が全ゲノム領域に共通して行われることを示すと同時に、複製開始、終末領域や複製困難な領域においては、柔軟に複数のDNAポリメラーゼが使い分けられていること明らかにしました。今後は、この実験系を応用した研究により、莫大な分子であるゲノムDNAを効率的に複製する上で必要な、DNAポリメラーゼ間の協調システムへの理解がより深まると期待されます。

 

略歴
東北大学理学部卒業、東北大学生命科学研究科修了、Cancer Research UK London Research Institute研究員、英国サセックス大学Genome Damage and Stability Centre 研究員、日本学術振興会海外特別研究員を経て、東北大学学際科学フロンティア研究所・新領域創成研究部に2015年4月に助教として着任。

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