東北大学
学際科学フロンティア研究所

公募研究

領域創成研究プログラム 研究概要(2023年度採択)


 

田村 光平 准教授

採択課題名 デジタル技術による災害の記憶の継承:「壊れている」ことの価値と維持に関する学際的研究
実施年度 2023-2024
 
災禍の記憶の継承は、次の災害への備えや、コミュニティのアイデンティティ形成においても重要になるが、負の記憶であることから、意図的な忘却が試みられることも多く、その継承は容易ではない。そこで、記憶の継承のために、被災建造物や被災資料がモニュメント化・アイコン化される。この場合、被災による損壊が観るものの感情を揺さぶり、価値の源泉となる。そのために、維持・補修に際して、「壊れている状態を維持する」という技術的・経済的に難しい課題に取り組むことになるが、時間が経つほど維持の難度は上がっていく。実際に、保全・公開されていた雲仙普賢岳の被災家屋の撤去が決まるなど、失われていく記憶の代替たることを期待されているにも関わらず、消失は日本全体で起こっている。東日本大震災後に相次いで建造された「災害伝承館」でも多くで被災した建造物を展示しているものの、維持・補修の方針は必ずしも公開されておらず、将来的に同じ課題に直面することが予想される。

本研究は、東日本大震災の災害遺構および、日本の災害遺構の先駆であり且つ継承と維持の課題に直面している、原爆ドームをはじめとする被爆建造物を調査対象とする。被爆建造物片は人類史上初の核兵器攻撃の物的証拠である。その破損と飛散の状態は、攻撃の瞬間の衝撃、つまり「被爆の記憶」をそのうちに留めている。そして原爆ドームは、世界遺産の登録基準を満たし続けるため、できるだけ「元」に近い状態で補修する必要がある。被爆建造物片は修復のための重要な素材にもなりうる。しかしながら、こうした視点から被爆建造物片を扱った先例は乏しく、体系的な調査研究方法や保全公開方法は存在しない。被爆建造物片を単独で調査研究できる学問分野は無く、既存の分野の枠を越えた連携が求められる。そこで本研究では、工学的な手法と、文化財や記憶の価値という人文学の中心的な課題を融合させ、東日本大震災の関連施設への応用の方策も含めて検討する。端緒として、被爆建造物片を三次元計測し、デジタルアーカイブを構築する。災害遺産は、何をどのように遺すべきなのか、そもそも遺すべきなのか、地域住民と共に議論し、議論によって変化させていくことが望ましい。本研究の成果は、その議論のためのプラットフォームになりうる。
 
PAGE TOP